二河白道図
善導の「観無量寿経疏口にある讐愉による他力念仏の教えを絵画化したものである。二何とは水と火の河をさし、水の河は人間の食欲の煩悩にたとえ、火の河は憤怒の煩悩にたとえ、白道は往生を願う清浄な信心にたとえている。
此の岸に立つ釈迦は行けと勧め、彼の岸に立つ弥陀は来るように呼び、白道を行く男性が描かれ、水火の二何に襲われて今にも消え失せそうな細い白道でも、一心に正念すれば極楽に往生できることを表わしている。
一遍が善光寺に参籠して二河白道を感得したことが知られるが、一遍の法語に「中路の白道は南無阿弥陀仏なり、水火の二河は我等が心なり、二何におかされぬは名号なり」とある